ノーベル賞の種 京都でまいた
 
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 野依良治・名古屋大学教授のノーベル化学賞は,京都大学時代に種をまかれた研究が育ち,日本の
化学の実力を改めて世界に示すものとなった。これを機に,化学界には公害など20世紀の負の側面
を払しょくし,21世紀に新しい化学を再興する起爆剤にしたいという期待も膨らんでいる。
 
野依教授 同窓・後輩とはぐくむ
 
 「ノーベル賞の種は京都でまかれた」。こう話すのは京都大学で野依良治・名古屋大教授(63)と
同級生だった伊藤嘉彦・京大名誉教授(63)だ。京都大学出身のノーベル賞受賞は,物理学賞の故・
湯川秀樹博士(物理学賞),故・朝永振一郎博士,化学賞の故・福井謙一博士,医学生理学賞の利根
川進博士に続き,野依さんで5人目。旧制三高出身の江崎玲於奈博士(物理学賞)も含めれば6人と
なる。東京に比べれば,制約の少ない自由な雰囲気の学都・京都。今回も,そこで後輩や同級生らと
培われたチームワークが,その種を大きく育てた。
 ノーベル賞の直接の受賞対象とされて,大きな評価を得たのは名大へ移ってから開発した分子触媒
だ。「BINAP」という形にかかわる物質と,反応を直接助ける金属化合物を組み合わせると,必
要なタイプの物質を作り分ける「不斉合成」を可能にする触媒ができる。その原理は66年に野依さ
んが恩師の野崎一・京大名誉教授(79)と発見した。金属に非対象な有機化合物を組み合わせる工夫
だった。
 「野依さんは名大へ移って,しばらくは不斉合成以外の仕事をしていた。でも,やっはり思い入れ
があって,京都での仕事を生かそうと不斉合成の仕事に向かって,BINAPの開発につながった」
と伊藤さんは話す。
 京都は,実生活も大切にする。京都生まれの原理をまず産業化したのは,野依さんの京大の後輩,
住友化学の顕谷忠俊・研究主幹(57)たちだ。銅を使った触媒で,殺虫剤の主要成分ピレスロイドや
抗生物質の安定剤シラスタチンを作った。「京大で野依さんたちが発見した基本的な原理を発展させ
た。とても使い道の広い技術で,重要な化合物を作るのに応用できたのはとても幸せだった」と話す。
 BINAPを使った産業化として最も有名なのが,ハッカ臭の成分,メントールの人工合成だ。共
同でこれを成し遂げたのも同級生だった谷一英・大阪大学教授(63)らだった。
 谷さんや大塚斉之助・阪大名誉教授たちが金属のロジウムで作った触媒に,BINAPを組み合わ
せて効率の高い反応を起こすことに成功した。この技術を化学メーカーの高砂香料工業(本社・東京)
が,大規模な産業化に結びつけた。菓子や化粧品など大量に使われている。
 「野依さんのBINAPを使ったら,とてもうまくいったのでびっくりした」と谷さん。
 
「化学へ関心戻る」各界から喜びの談話
 
 受賞が再び化学への関心を呼び起こしてくれると喜ぶ声は多い。
 野依さんの義弟で全日本化学会会長の村橋俊一・大阪大学名誉教授は「公害などの問題を引き起こ
し,最近の化学は人気がなかった。こうした受賞が続けば,また若い人たちの関心が化学に戻ってく
るのではないか」と期待を寄せる。
 受賞が,化学の新しい動きにつながるとみる意見も聞かれる。
 化学技術戦略推進機構の山本靖・部長研究員は「野依さんや白川さんの業績は,基礎から実用まで
うまくつながって社会に役立っている良い例だ。そうした方向を目指して,企業と大学がかかわりを
深めていけば,日本の化学はもっと強くなる」と話す。
 世界の製造業界は最近「ゲノム創薬」の話題で持ちきりだ。しかし武田薬品工業出身の夏苅英昭・
東京大学客員助教授は「ゲノムはターゲット探しの手法のひとつで,いわば創薬の上流部分」と指摘
する。ターゲットが見つかれば,やはり野依さんたちの専門である合成化学の出番だ。「これからは
環境に負荷を与えず,思い通りの化合物を作る手法探しなどに,化学の力が期待されるのではないか」
と話す。
 野依さんの業績が「不斉合成」の研究だったことに目を向ける声もある。こうした技術がなくて悲
劇を生んだ例の一つに,妊婦が服用して障害を起こした睡眠薬「サリドマイド」があるといわれる。
 化学の負の側面に関心を寄せてきた常石敬一・神奈川大学教授(化学史)は「これからは生命体を
基準にして化学が築かれて行く時代だ。悪役だった化学が自然の尊厳を冒さない形で,医学的な副作
用などを克服できるようになりつつある。野依さんの仕事も,そういう新しいパラダイムを作り出す
研究ではないか」と話す。
 
西暦2001年(平成13年)10月11日(木)朝日新聞掲載
 
 
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