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 古代から、レンズで太陽の光から着火したり、鏡で自分の姿を見ることは行われていた。ユー
クリッド(ギリシャ、前230〜275)は光学と幾何学とをむすびつけ(幾何光学という)、光の直
進性、反射・屈折などを論じた。ピタゴラス(ギリシャ、前590〜510)は、弦楽器の弦の長さ
が整数の比をとるとき、よく調和すること(これは波動の特徴である)から、宇宙は数を中心と
して調和を保っていると考え、惑星の軌道も半径の整数の比になっていると考えた。ガリレイ
音の高さは振動数で決まると考え、共鳴現象を発見した。17世紀のはじめに、大砲の砲煙があ
がってから砲音が届くまでの時間から音の速さが測定された。ゲーリケ(ドイツ、1602〜1686)
は、真空をつくる実験を行っていたが、音が真空を伝わらないことから、音は空気を伝わる振動
であると考えた。
 スネル(オランダ、1591〜1626)は、水中の物体が浮かび上がって見えることから、屈折の
法則を見いだした。(1615)ニュートンは太陽光をプリズムに通して光の分散を調べ、太陽光の
ような白色光はいろいろな色の光が混合されたものであることを発見した。(1666)ニュートン
デカルトは、光は空間を満たしている”エーテル”という物質の中を進む粒子であると考えて
いた。
 一方、グリマルディ(イタリア、1618〜1663)は、小穴から入れた太陽光の壁に写る像が、
光が直進するとしたときに期待されるよりも大きく、まわりがぼけていること(回折、1660)や、2
つの小穴を通った光は重なり合って強めあうばかりでなく、弱めあうことがあること(干渉)を
見いだした。彼はこれらは光の波動性によると考えた。レーメル(デンマーク、1644〜1710)
は、木星の衛星の食(天体が他の天体を隠すこと)の周期の変動から光の速さの測定に成功し、
それまで無限と思われていた光の速さが有限であることを示した。ホイヘンスは、光は物質粒子
の振動がエーテルを伝わる波であろうと考え、光の速さは個々の粒子の振動がその周囲に起こす
球面波(素元波)の重ね合わせであるという、ホイヘンスの原理を提唱した。(1678)
  ホイヘンス
 
 光は粒子か波動かという論争は19世紀までつづいた。ヤングは、光の粒子説に疑問を投げか
け、有名なヤングの干渉実験を行い(1807)、光の波動説を支持した。その後偏光が発見されて、
振動方向の違う偏光は干渉しないことから、フレネル(フランス、1788〜1827)は光エーテル
中を伝わる横波であると考えた。しかし、エーテルという考えはアインシュタイン(ドイツ→ア
メリカ、1879〜1955)によって否定され(1905)、光は真空中をも伝わる横波ということになっ
た。
 
   ヤング
 
 このように、光は波動と考えられたが、金属などに光を当てると、電子が飛び出す現象(光電
効果という)が発見され(1889)、これをアインシュタインが光の粒子性によって説明すると
(1905)、ふたたび光の本性が問われ、現在では光は波動性と粒子性を兼ね備えたものと考えら
れている。
 
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