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水素の発見
 
 1745年、ロシアのロマノーソフは金属光沢の原因を考えていた過程で、鉄を酸に溶かしたときに
発生する気体を観察し、これこそが長い間論議されてきた、燃焼や金属の酸化の原因となる物質「フ
ロギストン」であると発表した。
 一方、イギリスのキャベンディッシュも同様の実験と観察を行ない、この「可燃空気」について密
度(彼は気体の測定に密度を用いた最初の人物である)などの細かいデータを1766年にまとめた。
 しかし、二人ともこの気体が新元素の水素だとは気づかず、フロギストン説の証明に使っていた。
当時は、フロギストンという未知の物質(?)が存在するという説が主流で、ラボアジエによってフ
ロギストンが否定されるまで、水素は元素としての正当な扱いを受けられなかったのである。
 キャベンデッシュは、1781年に水素と酸素の燃焼によって水ができることを証明し、1783年にラ
ボアジエが水素(水素はギリシャ語で「水の素」を意味する)と命名することによって、ようやく元
素の一つとなった。
 我々にとって身近な水や空気の組成がわかったのは、今からわずかに200年前のことである。
 
  キャベンディシュ         ラボアジエ
 
 王水とは濃硝酸と濃塩酸を体積比1:3で混合した、強力な酸化力をもつ酸である。その王水に関
して次のようなエピソードがある。
 デンマークのコペンハーゲン大学にいたヘヴェシー教授は、第二次世界大戦が勃発し、ドイツ軍に
追われて逃げ出さなければならいことになった。彼はその時、ラウエフランクのノーベル賞の金メ
ダルを預っていた。しかし、金メダルを持ったまま逃げ出すことはできず、そこで、実験室内にあっ
た王水に溶かし、それを瓶に入れて放置して逃げた。
 戦後、研究室にもどると、その瓶がそのまま残っていた。そこで、ノーベル賞を発行したスウェー
デン学士院にその経緯を説明したところ、この水溶液からメダルを復元し、ラウエとフランクの二人
に改めて金メダルが送られたとのことである。
 
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